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第82回

2013年9月20日(金) 18:30~20:30

『神経細胞の働きとアルツハイマー病』

 

室伏 擴さん(放送大学 客員教授)


 

今回のデザート


【参加者からの言葉】
専門すぎて素人には難しい話だったが、関心の高いテーマだったので、最後まで興味深く聞くことができました。早期発見、治療薬開発、発病予防と目標は高いが、科学の現状は生やさしいものではない(限界がある)と判りました。これが万能薬というのは「偽物、インチキ」と判断していいと判りました。先生の研究者としての誠実さがにじみ出ていました。有難うございました。
(60代以上・男性)
(神経細胞の働きとアルツハイマー病について)どこまでわかっているのかがわかってよかったと思います。(60代以上・女性)
大変おもしろく、学ばさせて頂き、ありがとうございました。(40代・男性)

 

ご質問とその回答
※ ◇の箇所はご質問/◆の箇所は先生よりご回答
現段階では医薬に限界がある中で、何のために早期発見をしているのかがよくわかりませんでした。(60代以上・女性)
→ 成人のほとんどの神経細胞は再生しないため、脳が萎縮してからでは治療することは不可能です。そのため、アルツハイマー病発病以前のできるだけ早期の発見の方法の確立が重要です。現在開発が行われている治療薬や治療法はすべてこの時期をターゲットにしています。進行を食い止めるのに有効な薬はまだ開発されておりませんが、初期の段階でアルツハイマー病の進行を遅らせる可能性がある要素(食事、運動、社会活動など)はいくつか見つかっております。これらを適用するためにも早期発見が必要です。また、アリセプトなど、病気の進行を止めることはできないが症状の緩和に効果がある薬は、現在治療に用いられています。これらも初期の段階でなければ効果がないため、早期発見が必要です。
日本での脳研究は、世界的にみて、どのくらいの水準なのでしょうか?日本で、米、EUのような大規模な国家PJTの可能性は?できないとすればなぜでしょうか?ご教示願います。(40代・男性)
→ 日本でも脳神経に関する多くの重要な発見がなされていますが、全体的に見ると欧米に遅れを取っています。ヨーロッパのヒト脳計画やアメリカの脳活動地図計画に対抗して,日本でもマーモセット(小型のサル)脳の神経回路の解明が計画されています。いずれにしましても、神経回路の全体像を解明する方法がまだ確立されていないため、膨大な基礎的研究が必要とされます。それを支えるための広範な人材と資金および忍耐が必要です。
ネズミはアルツハイマーにならぬという話ですが、人間以外にアルツハイマーになる動物はいるのでしょうか?(60代以上・男性)
→ 現在、アルツハイマー病になることがわかっているのはヒトだけです。ヒトに近いサルでもアルツハイマー病にならないようです。アミロイドプラーク(老人斑)を持つ老齢のサルはみつかっていますが、神経原繊維変化には至らないようです。ヒトとサルでは寿命が違うのが原因かも知れませんが、それ以外の理由があるかも知れません。寿命の短いネズミではアミロイドプラークも見つかっていません。アルツハイマー病のモデルマウスでは、アルツハイマー病を発症するヒトの遺伝子を人為的に組み込むことによって、アルツハイマー病に似た症状を起こさせます。
レビー小休のしくみと原因、改善策をお願いします。(50代・男性)
→ レビー小体型認知症は、脳内の広範囲にわたって、α-シヌクレインというタンパク質がレビー小体と呼ばれる凝集体を作ることによって発症します。ちなみに、パーキンソン病では、脳内で局所的にレビー小体が形成されます。レビー小体型認知症では、認知症とともにパーキンソン病と同様な運動機能障害が見られる場合があります。レビー小体形成のメカニズムはよくわかっていませんが、細胞内で不要になったタンパク質の除去機能の障害が関係しているという説があります。レビー小体型認知症では、認知症の改善薬としてアリセプト、運動機能障害の改善薬としてパーキンソン病の薬を投与する場合がありますが、病気の進行をくい止める方法はまだ見つかっていません。
一時的に改善させる薬(アリセプトなど)の効果はどれほどあるのでしょうか。(60代以上・男性)
→ アルツハイマー病になると、脳内のアセチルコリンと呼ばれる神経伝達物質(ある種の神経細胞から別の神経細胞に情報を伝える物質)が減少することが知られています。アリセプトはアセチルコリンを分解する酵素を押さえることによって、アセチルコリンの濃度を保ち、神経機能の低下を防ぐ働きを持ちます。これは対症療法であり、アルツハイマー病の進行を防ぐことはできません。また、初期のアルツハイマー病では効果がありますが、進行した病状には効果がありません。
アミロイドを切断する酵素は脳の中でどのような機能を担っているのですか?アルツハイマー症疾患では、これらの酵素の活性が高いということがあるのですか?アルツハイマーとその予防についての一般向け啓発書で、よいものをご紹介ください。(未記入)
アミロイド前駆体を切断してβアミロイドを作る酵素が成体の脳内でどのような機能を持つかについてはよくわかっていません。ただし、発生(受精卵から成体になる過程)においてこの酵素が重要な働きを持ち、この酵素を欠くと、初期の段階で発生が止まってしまうことが知られています。アルツハイマー病の脳では、この酵素の性質が変わり、毒性の強いβアミロイド(アミロイド前駆体タンパク質の切断場所によって、長さが少しずつ異なる何種類かのβアミロイドが作られます)がより多く作られるという説があります。
アルツハイマー病の一般向け啓発書として、いくつか比較したわけではありませんが、比較的新しく分かりやすいものに「認知症」中公新書、池田学著があります。現在、食事、運動、社会的コミュニケーションなど、アルツハイマー病の発症に関連したいくつかの生活習慣的要素は見いだされていますが(それらの多くに対して賛否両論があります)、確実な予防法は見つかっていません。
◎参考にいくつかのホームページをあげておきます。(別ウィンドウで開きます)
http://grj.umin.jp/grj/alzheimer.htm
http://www.bri.niigata-u.ac.jp/~idenshi/research/ad.html
http://www.rouninken.jp/member/pdf/18_pdf/vol.18_05-18-03.pdf
http://www.kyushu-u.ac.jp/pressrelease/2013/2013_05_07_3.pdf
http://www.jpn-geriat-
soc.or.jp/publications/other/pdf/perspective_geriatrics_47_5_385.pdf

https://www.jspn.or.jp/journal/journal/pdf/2011/06/journal113_06_p0584-0592.pdf
海馬の損傷をコンピュータチップで補う方法はありませんでしょうか(50代・男性)
→ 現在は不可能です。海馬内に形成されるどのような神経細胞のネットワークが個々の記憶に対応しているかは、全くわかっていません。この点が解明された暁は人工的なコンピュータチップに置き換えることができるかも知れません。

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