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  第48
121日(金) 18:30~20:30

ヒトとチンパンジーのあいだ
-ヒトはどのように特別な類人猿か- 


ゲスト:
長谷川 寿一 氏
(東京大学総合文化研究科教授)

今回のゲストは長谷川寿一さん(東京大学総合文化研究科教授)。第23回のサイエンスカフェでお話いただいた長谷川眞理子さんとは、仲の良さでも有名な研究者ご夫妻だ。

サプライズで眞理子さんもお客様として参加され、先月から続いてご夫婦でのサイエンスカフェとなった。テーマは「ヒトとチンパンジーのあいだ -ヒトはどのように特別な類人猿か-」である。
分子生物学や免疫学等、様々な生命科学研究の発展によって、ヒトは一介の類人猿にすぎないこと、チンパンジーから見ても最も近縁種はヒトであるということがわかった。基本的な仕組みもチンパンジーとさして変わりが無い。では一体何が特徴的なのか。

チンパンジーに備わる驚くべき能力は、写真記憶の力だ。パソコン画面上のランダムな場所に表示された、数字の1から8へ順に画面にタッチしていくように、チンパンジーが訓練を受けている。天才チンパンジーで有名なアイちゃんの息子アユムくんは、数字の1にタッチした瞬間、ほかの数字が消えてしまうという課題で、消えた後も迷うことなく、提示があった箇所を1から8の順に指で押していく。これがかなりの確率で正解する。一瞬で憶えるのだ。さらに消えた後10秒ほど注意を逸らせても正解する。この記憶力はヒトにはないだろう。「言葉を得たヒトは、こうした鮮明な記憶のしかたをおそらく失ってしまったのであろう。類人猿は、我々の祖先がどういう心を持っていたのかを垣間見せてくれる」と長谷川さんは言う。

 

そもそもチンパンジーはどういう生物なのか。彼らは多夫多妻性で、離合集散の生活をしている。一夫多妻で群を作るゴリラ、基本的に独り暮らしのオランウータン(オスは1匹で複数のメスを覆う縄張りで生活する)、などに比べて特徴的なのは、「オスの結びつきが強いこと」である。チンパンジーもメスは基本的にばらばらで過ごすが、オスたちはいつも仲間と一緒にいる。ヒトの歴史上、男性がグループを作って文化的な行事を行ったり社会を司ったりしてきたことは、この「オスの連合」という、ヒト・チンパンジー群の遺産であろう。

もう一つの特徴は「狩り」である。動物(他のサル類やレイヨウなど)を捕まえて生肉を食べる(もちろん常食は果実であり、肉食の頻度はヒトの比ではないが)。協同狩猟とまで言えるか議論があるが、仲間同士の食物分配もあり、これは政治的駆け引きの道具となる。「集団暴力」も一項目として挙げられる。彼らは縄張り意識も高く、隣のオスの集団と強い敵対関係にあり、連れ立って縄張り内をパトロールする。甲高い声を発して縄張り宣言をしていたオスたちが、境界付近になると不気味なほど静かになり、木々の上の方を見たり、匂いを嗅ぎまわったりと、緊張感が漂う。別の群のチンパンジーを発見すると、激しく威嚇し、一触即発の雰囲気となる。時には集団で襲いかかり、ケンカというよりもっと激しい戦いが起こって、殺し殺されることもある。そこで衝撃的な事実であるが、大の肉好きの彼らは、なんと倒したチンパンジーを食し、欲しがる仲間に分配する。その光景はなんとも凄惨で、目を覆いたくなる。

では、ヒトの祖先もチンパンジーと同じような戦いをくりひろげていたのだろうか。群同士の戦いは、ヒトに置き換えれば、国間の戦争と同じなのではないか。長谷川さんは「人間の戦争の起源は深く、チンパンジーのオスの戦いにまでさかのぼれるのではないか」と考えている。「もちろん戦争を生物学的に肯定するものではない」が。けれども、ヒトは戦いもするが協力もする。ヒト同士が一緒に生活をしたり、家を建てたり、お神輿をかついだり。チンパンジーにはこれがどうしてもできない。とすると、他人と協力するということは、ヒトとしてとても重要なことではないだろうか。それこそが特別ということなのではないだろうか。

ゴリラやチンパンジーは、メス同士の協力は希少だ。女性の絆はヒトだけにある特徴だ。果実食を諦めたヒトは共同で食糧を獲得・加工する。共同社会が営まれ、特に女性は祖母の立場になっても協力を惜しまない(もちろん祖父も)。一体なぜなのか。ヒトとその他の類人猿を生活という観点で比較すると、類人猿は個別に暮らし、子育てをするのは主に母親であるが、ヒトは高度な社会生活を営んで子育てを共同で行うため、繁殖効率を非常に高めることができた。協力することができなければ、非常に弱い種族である。生きるために協力という能力を身につけたのだ。
さらにゴリラやボノボ、チンパンジーは模倣が非常に下手であるため、教育ができない。ヒトとチンパンジーでは繁殖期間がほぼ同じであるのにも関わらず、ヒトは出産できなくなっても長く生きる。それによって、自分が今まで得た知識を子や孫に伝え、彼らの生き残りに貢献することができた。複雑な社会構成になったために、憶えることがたくさんできた。ヒトの脳は10代の思春期まで成長を続けるが、チンパンジーは2歳でほぼ止まってしまうことからも窺える。

 

ヒトとチンパンジーは遺伝子レベルで見ると、ほぼ同じであるが、社会生活やその一生を見ると、まったく違うのである。森で生きることを諦め、捕食者が増える地へ赴き、そこで集団で協力して生きることを憶えたヒト。確かに「特別な」チンパンジーだ。「今、現代社会のヒトは、チンパンジーに戻りつつあるのではないだろうか。コンビニのおにぎりを一人で食べる若者、共同体が崩壊し、近隣との交流-いわゆるご近所付き合いや、祖父母との関係性など、他者との関係が希薄になってきている。」長谷川さんは一抹の不安をのぞかせた。
長谷川ご夫妻若き日の、アフリカでのフィールドワークの写真も登場して、長谷川さんは温かいお人柄を随所にうかがわせながら、さまざまな質問に応えてお話をしてくださった。ヒトの研究のおもしろさ、深さがひしひしと伝わる回であった。


チンパンジーって、見ていると、つい笑顔が出ることってありませんか?今回のデザートも、ついつい、ふふっと笑ってしまう、「チンパンジーさん」です。今回は本当にgood idea!室伏さんもお客様も、皆様ふふふ、と笑っていました。 今回のデザート


 

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