トップページ > 情報伝達物質で進化の過程をたどる|42
第42回
2010年7月16日(金) 18:30〜20:30


「情報伝達物質で進化の過程をたどる」

ゲスト:川島 紘一郎 氏
(武蔵野大学薬学研究所・共立薬科大学名誉教授)

今回は猛暑の中での開催となったが、そのお暑さにも関わらず多くの方が参加された。演者の川島紘一郎氏(武蔵野大学薬学研究所・共立薬科大学名誉教授)は、端正な語り口の学者だ。「失礼してネクタイをゆるめますが」と前置きされて、情報伝達物質のお話をはじめられた。神経系のアセチルコリンは筋収縮や脈拍、唾液の生成に関連している。他にも血管や血圧に、痛みを伝える伝達物質もある。また、ホルモンも伝達物質のひとつで、糖尿病で知られるインスリンやステロイド、甲状腺ホルモンなどが挙げられる。ここまでの神経から細胞への情報伝達物質を、first messengerという。その後、細胞内へと伝えるための物質を、second messengerと呼ぶが、それらはサイクリックAMPやサイトカインが挙げられる。

さて、その中にあるアセチルコリンに焦点を当てて、今回はお話をしてくださった。アセチルコリンは150年も前に生成されていたが、当時は一体何者なのかがわからず、化学薬品の一覧に掲載されているだけであった。1914年、Daleによって、ムスカリン作用とニコチン作用の2つがあることがわかり、7年後Loewiが、神経刺激の伝達をする化学物質がアセチルコリンであることを証明し、神経伝達物質であることがわかった。

これによって、多くのことにアセチルコリンが関連していることがわかってきた。たとえば、タバコのニコチンの作用、ベラドンナに含まれるアトロピンは、瞳孔を拡大する作用があるが、これにもアセチルコリンが関与している。パーキンソン病などの中枢神経系への影響や、心臓や内臓筋の機能への影響、肺ガンの細胞の接着や遊走、免疫機能、気管支の上皮細胞の機能亢進など、多くの細胞や神経伝達系で、アセチルコリン受容体が機能しているのだ。

アセチルコリンはコリンアセチルトランスフェラーゼによって生成、アセチルコリンエステラーゼによって分解される。分解はあっという間に起こるが、そのために迅速な動きができると考えられている。この分解を阻害する物質がドネペジル(アリセプト)という物質で、現在認知症の治療に利用されている。しかし、分解阻害できるのは短時間であり、効果については川島氏は少し懐疑的だ。

川島氏は分解しやすいアセチルコリンを、そしてごく小さい分子であるにもかかわらず、ラジオイムノアッセイで測定することに成功した。これにより、どんな動物のどの箇所にどれだけ存在しているかがわかるようになった。驚くことにアセチルコリンは、真核生物はもちろん、好熱菌などの古細菌、ナットウ菌などの枯草菌、神経系のない海綿にも発見された。様々な植物にも発見されたが、マダケの特に先端部に多量に見つかった。その量はモルモットの回腸の16倍、マウスの脳の84倍にもなるという。では、タケノコを食べれば、アセチルコリンを摂取できるのか。残念ながら、それはできない。あっという間に胃で分解されてしまうのだそうだ。

 

様々な生物の中からアセチルコリンが発見された。これはいったい何を意味するのか。これらの生物が存在したとき、つまり30数億年前の進化の初期から、アセチルコリンも存在していたということだ。神経系がある生物のなかでは、神経伝達物質として、神経系のない生物のなかでは、細胞間の伝達をする。つまり細胞の受容体を刺激し、水と電解質、栄養分を輸送し、生育の調節にも関わっている。なくてはならない存在なのである。

動物の神経伝達物質だと思っていたアセチルコリンは植物の成長にも関わっていた。トウモロコシの芽の生長の高い部分にはアセチルコリン濃度が高い。また高塩分地帯に育つアッケシソウでは、アセチルコリンは、細胞間輸送によって根部の上皮細胞からの過剰な塩分の排泄に関与しているらしい。アセチルコリンの可能性は、まだまだ未知なのである。川島氏は、緑色植物と菌類にアセチルコリン合成酵素の遺伝子を導入すれば、植物の生長を促進させたり、砂漠における生育を可能にするかもしれないと構想する。現在までの知見やこれからの大きな展望について、やさしい冗談を加えながら、川島氏は終始にこやかにお話ししてくださった。


今回のデザートは・・・

アセチルコリンが多量に発見されるのは、タケノコ。
ということで、今回はタケノコを作ってみました。
そこに生えているように見えます・・・よね?


#サイエンスカフェ

著者一覧