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第36回
2009年12月18日(金) 18:30〜20:30

「伝達物質放出のしくみを視る」
ゲスト:熊倉 鴻之助氏
(上智大学理工学部教授)

今回のゲストは熊倉鴻之助氏(上智大学理工学部教授)で、「伝達物質放出のしくみを視る」というテーマだ。体内で起きている現象を視ようとは、一体どのような方なのだろう。登場なさったのは、なんともお洒落な紳士だった。コーディネーターの室伏さんから、イタリアで研究なさっていらしたとのご紹介を受け、「なるほど」と納得。さて、どのようなお話だろうか。

伝達物質放出のしくみを「視る」とあるが、なぜ「視る」なのか。何かを正確に視るためには、多くの視点から視ることが必要である。捉え方や切り口を変えたりしなければ、対象が一体何なのか正確に把握することは難しい。しくみはまさに、様々な角度から「視」なければ、わからないのである。

 

伝達物質とは何か。かつてヒポクラテスが「ヒトの行動は、脳がコントロールしている」と言っている。そのしくみは? ヒトの体内には神経が張り巡らされていて、体内・体外のいろいろな変化を感覚として取り入れ、脳の中枢へと伝える。自分が置かれているのはどんな環境か、この変化は良い変化なのか、生存に関わる変化なのかを判断している。その判断の記憶が情報回路レベルで残り、以後は記憶に基づいて対応し、手足が動いたり、走ったり、歩いたりする。これが「脳がコントロールしている」ことなのである。

では情報は、どのようにして脳で伝達されるのか。電気的・化学的な経路を使用しているのだが、その回路は複雑だ。脳では一兆個といわれる神経細胞が作る回路網での情報処理が行われる。しかし意外にも、細胞間で行われる伝達方法は、シグナル物質の放出と受け取りという方法だけだ。神経細胞一個はあまたのシナプスからの数百から数千ものシグナルを受け取って統合し、その結果、自身がシグナルを発生して次の細胞へ伝える。こうしたシナプスはヒトの体内に10の15乗個もあるという。

これは銀河系全ての星の数と同じ数なのだとか。ヒトの体の中に、銀河系の星と同数のシナプスが…。なんとも壮大なスケールである。
伝達物質放出の機能やしくみを解明するために、同じような仕組みでホルモンの放出を行う副腎髄質クロマフィン細胞1個に注目して、生きている細胞表面を微分干渉顕微鏡(1万倍)で視ると、100ミリ秒間で分泌小胞が開口してくる様子を捉えられる。どうやってくちを開けているのか。最有力の「仮説」はSNAP、シンタキシン、VAMPというタンパク質が関与しているというものだ。
伝達物質の供給が増加すると、放出が持続される。伝達物質が、貯蔵されていた小胞からどんどん放出され、それに関わる酵素も強制的に発現する。では供給を阻害するとどうなるか。伝達物質・分泌小胞の輸送はモーター分子が担っており、物質がレールの上を移動していくようにシナプスの場へ運ばれる。モーター分子を阻害する場合はどうか。レールを分断するとどうだろう?

様々な写真や動画で、視覚的にも楽しませてくださったが、なかなか難しい内容であった。しかし不思議なことに、普通なら生じるような、難解な話への拒絶感がない。「ものすごく小さな物質たちが、自分の体の中を駆け巡り、生命を保っているのかと思うと、自分の体がとても愛おしいと感じるのです」という熊倉氏のコメントが、聞いている側の緊張をほぐしているのでは、と思った。自分が夢中になっていることを、情熱的に語るということは、これほどまでに人の心に届く力となるのかと、多くの方が感じたのではないだろうか。


今回のデザートは・・・


伝達物質の緑からヒントを得て「サンタのゼリー」を作りました。メリークリスマス!

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