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第31回

2009年6月19日(金) 18:30~20:30


「ブレークスルーの科学は予測できない
-ナノハイプ(ナノ誇大宣伝)とその実態-」

ゲスト:
サイエンスライター、IUPAC Fellow、元静岡県立大学教授
五島綾子氏

今回は「ブレークスルーの科学は予測できない -ナノハイプ(ナノ誇大宣伝)とその実態-」として、五島綾子氏(サイエンスライター、IUPAC Fellow、元静岡県立大学教授)がお話してくださった。いったい「ナノハイプ」とは何なのだろうか。聞き慣れないタイトルに興味をそそられた参加者も、多かったのではないだろうか。
リチャード・P・ファイマンが「針の先端ほどの大きさに、ブリタニカ百科事典すべてを記憶できるコンピュータ」としてナノテクノロジーを提唱したのは、1959年のことだ。これはファイマンの予言と言われている。ナノテクノロジーへの憧れは、ここから始まったようだ。

プラスチックは電気を通さないが、ある変更を原子に加えると、電気を通すように変化する。これがポリアセチレンだ。プラスチックに新たな、そして計り知れない利用価値が見出され、発見した白川英樹博士はノーベル賞を受賞した。鮮やかなブレークスルーを目の当たりにして、ナノテクノロジーのブレークスルーが期待されるようになる。そこで当時大統領であったクリントンは、国家戦略としてナノテクノロジー振興を宣言した。汚染された水や空気から汚染物質だけを取り除く技術、がん細胞だけを狙い撃ちする治療技術、鋼鉄より強い構造材料などなど、ナノテクノロジーの研究で、原子や分子レベルから、様々な材料や製品を創生しよう、というのである。

現代の科学は、その研究資金を調達するために、社会の支援、国民の支持を得なければならない。ナノテクノロジーへの研究を国が主導し、有力な科学者を集めて研究チームを作る。ナノテク未来戦略を語るオピニオンリーダーや政治家も出現する。メディアが書き立て、投資家が殺到する。肝心のブレークスルーにいたらないままナノテク・ブームが巻き起こった。見当違いの期待が募り、思っていた以上の結果が出てこなかったり、本来なら結果が出るまで時間がかかるのにも関わらず、待ちきれなかったりといった、様々な事態が生まれた。これが「ナノハイプ」=「ナノの誇大宣伝」である。これをおもしろがったり、本気で懸念したりした作家によって、ナノの世界を題材にしたSF的恐怖小説が出回ったりした。
ではナノハイプはアメリカだけの問題であったのか。日本でもあったのだ。基礎研究や学際的なネットワーク作りを重点化したアメリカに対して、日本は国から多くの予算を投じ、素材開発へ乗り出した。さらにメディアが煽って、「ナノってすごい!」という印象を植え付け、大量の「ナノ関連商品」が製作された。カーボンナノチューブなどの評価の高い成果があったものの、多くの製品は科学者が関与していないものであったため、数年でブームは下降し、望まれた経済効果もなかった。

研究の結果から得た情報を基に製品化するためには、基礎研究に膨大な年月がかかる。しかし、投資する企業側からしてみれば、「それでは製品化の目処がたたず、話にならない。」という主張が出てくる。科学者からは、「きちんと結果が出なければ製品化はできないし、いくらナノテクノロジーがすばらしいとはいえ、基礎研究をしたものでなければ・・・。」という意見があり、食い違いが起こる。これがナノハイプの引き起こした結果だ。すんなり製品化ができないことがわかると、企業側はリスクを重視するあまり、資金投入を見合わせる。予算がなければ、研究もできない。

「今なすべきことは、ブレークスルーのseeds(種)を育てることです。」五島氏は言う。「日本では、高度な専門家の人材育成や異分野のかかわりによる学際的な概念論争もなかった。これからは地方の大学や、小さくても専門性の高い企業による基盤研究に力を入れよう。市民と科学者で未来の科学をきちんと考えていきたい。煽ることなく、煽られることなく、これから我々が成熟した評価のできる社会を作っていかなければ日本の未来はないんじゃないでしょうか。」やさしい語り口にもかかわらず、「いい質問がたくさんあって、直接やりとりできてうれしい。」と語る五島氏の心は熱い。



今回のデザートは・・・


コーヒーゼリーの上に、フォリオ新商品のソフトクリームをのせました。「今年の夏はソフトクリームで
ブレークするように」と店長。この日も暑かったので、好評でした。

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